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2011年01月 アーカイブ

さまざまな色の歴史 9

第五段階では、緑と青の範疇だけが未分化のまま残っています。


日本や中国の詩文などでは緑色をしばしば青いと形容してしまいますし、現在まで私たちの生活の中の言葉づかいとしても、緑まで青という色名で代表してしまう習慣が残っています。


日本人が緑と青を区別できなかったわけではなく「延喜式」などでは、ちゃんと緑や青緑などが独立した色名として使われています。


また、「万葉集」にも緑という色名が出てくる歌があります。


ただ緑と青を一括する複合範疇の名残りが、習慣としてずっと続いているということなのかもしれません。河成鎮次氏によると、大相撲の土俵の四隈から下っている房の色も、東を表す青房の色は実際には緑色であることを、テレビ桟敷の視聴者でもよく知っています。


しかし、アナウンサーがそれを青房ということに物言いをつける人はいません。


このような習慣は、別に日本語だけの特殊現象ではなく、かなり多くの言語が同様の傾向をもっているといわれています。

さまざまな色の歴史 10

第五段階の主要基本範疇をもつようになると、次にはさらに細かく色のちがいを呼び分ける派生範疇が生まれます。


第六段階では黄に黒が加わる黄系の暗色に対して、「ブラウン」という基本色名が派生します。


わが国では室町時代から茶を飲む風習が広がり、その茶の葉による染色、茶染めの色やその同系の色を「茶色」と呼ぶようになりました。


江戸時代に四十八茶といわれるような茶の色名の大量発生と大流行を見るようになりますが、同種の色に着色できる染色はもっと古くからあったのです。


にもかかわらず、この範疇には遂に基本色名らしい色名が定着するにはいたりませんでした。


茶系の固有色名、慣用色名の数と種類がいたずらに増えただけだったのです。


同じことは、第七段階で派生する「ピンク」や「グレー」についてもいえます。


赤の明色、淡色を代表するピンクに相当する日本語の基本色名はついに生まれず、桃色、とき色、桜色などの慣用色名の種類がたくさんできただけでした。


「オレンジ」に相当する橙も基本色名として認知されないまま、常用漢字からも消えてしまっています。


派生範疇のなかで、日本語の基本色名といってさしつかえないのは「パープル」の紫くらいのものでしょう。


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